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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1230号 判決

控訴人 被告人 犬伏貞蔵 外一名

弁護人 和島岩吉 外一名

検察官 門司恵行

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金三千円に処し、完納できぬときは金三百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人等に対し裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人等に対し公職選挙法第二五二条の適用をしない。

原審における訴訟費用は被告人等の連帯負担とする。

理由

弁護人和島岩吉の控訴趣意第一点について。

公職選挙法にいわゆる労務者とは、候補者又は選挙運動者の手足となつて、それらに命ぜられるままに行動し、機械的労務に服する者をいい自己の判断によつて候補者の当選又は落選に影響あるかを認定して方針を決した上行動する者は、もはや労務者とはいえず、選挙運動者といわなければならないのであつて、このような行動に従事する事実がある以上は、所論のようにその者の占める社会的地位如何、当選を得しめようとする主観的意思の強弱によつて選挙運動であることを左右することはないのである。原判決挙示の証拠によると、被告人等は候補者伊藤忠輝が立会演説会において、聴衆の反対派と目される者からやじられて十分演説をすることができなかつたことがあつたので、原審相被告人樋口博康等と協議の結果、やじを封じ演説に効果をもたせる目的をもつて、樋口が労務者として参集した者から人選した者に、立会演説会場に立入らせ、右候補者の演説中その論旨の要所要所を自らの判断によつて選定し、演説に対し拍手し声援を送らせ、その報酬として一日金三五〇円を支給することに決し、原判決別表の者等を樋口が集め、これらに判示のとおり各演説会場において拍手声援をさせ、その報酬として被告人田河が判示各金員を支給したことが認められるのであつて、このように選挙演説会において聴衆席に立入り、自派の演説者のために、演説中適当な個所を判断選択し、拍手又は声援をすることは、その演説につき聴衆に感銘を与え演説の趣旨を徹底させ、その効果を強力にして投票を獲得するに有効であり、拍手又は声援をする者は十分このことを認識して判定実行すること明らかで、労務者としてなしうる範囲を超え、当選を得しめるための選挙運動に属するものとしなければならない。そして所論のように候補者伊藤忠輝は後日の選挙における当選を期しこれに備えて選挙に臨んだもので、積極的に当選を獲得しようとする意思に欠けるところがあり、被告人等もこれを知つていたとうかがわれる資料があるが、仮に候補者又は選挙運動者に財産上の利益等を供与した者の主観に積極的に当選を獲得しようとする意思の欠けるところがあつたとしても、供与罪の成立に消長を来すことはない。従つて被告人等の行為は当選を得しめる目的をもつて、選挙運動者に対し金銭を供与したに外ならず、これを律するのに公職選挙法第二二一条第一項第一号をもつてした原判決には所論のような理由のくいちがいもなく又法令の解釈適用につき誤つたところはない。

同第二点について。

原判決挙示の証拠によれば、被告人等は昭和三〇年二月九日頃前段説示のように、樋口博康等と謀議し、その謀議に基いて樋口が別表の人々を集め、同人等をして前記の選挙運動をさせその報酬として被告人田河において同人等に一日金三五〇円づつを供与したことが認められ、被告人等に共犯者としての責任があること明らかである。なかでも被告人犬伏は出納責任者であつたが病気にかかり、同月一七日頃より同月二三日頃まで旅館において療養し、選挙事務所へは出動せず、その間被告人田河等から出納責任者を辞任する旨の届を提出するようすすめられ、候補者と面談して決する等答えている中、同月二五日に至り選挙事務所へ辞任届を携えて行き、同日既に解任届が提出されたことを知り、其の後は一切事務所へ出ることをしなかつたことが認められる。従つて被告人犬伏は少くとも右二四日までは選挙運動者として選挙運動に従事し右謀議の実行に参加する意思があつたとしなければならないし、被告人田河等は右謀議に基き、被告人犬伏の参加のもとにこれを実行する意思で各供与をしたものとしなければならない。このように犯罪の実行を謀議した者は、その実行に着手するまでに、その実行より脱退する意思を表明する等をして犯行に加わることを中止し、他の者がこれを認めて実行したのでない限り、共犯者としての責任を免れることはできないと解するを相当とするので、被告人犬伏に対し少なくとも同月二四日までの被告人田河等の犯行につき、共犯者としての責任を認めたのは正当であつて、原判決にはいずれの点についても所論のような認定上の誤はない。

しかしながら職権をもつて調査すると、立会演説会における反対派の演説妨害を排除することに起因して本件犯行を行うに至つた実情及びその動機、各供与者の供与金に対する領収書を一括保存している点よりみて違法の認識が軽度であつたことが認められる等諸般の点に鑑み、被告人等に対し原審執行猶予の言渡をしなかつたのは、相当を欠くと思われるので、刑事訴訟法第三八一条第三九二条第三九七条第四〇〇条但書に従い原判決を破棄しさらに裁判することとし、原判決認定の事実にその摘示の法条の外刑法第二五条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 山本武 判事 小川武夫)

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